バッタもん / 清水ミチコ
「音楽誌で清水ミチコ?」と思う人がいるとすれば、テレビでの“無難な”彼女しか見たことがないのだろう。彼女の芸に含まれる音楽的要素は、プロも一目置くところ。2009年2月には清水がモノマネの定番とするあの矢野顕子が、自らのライヴに清水を招き、ピアノと歌で共演した。
「4曲ぐらい一緒にやらせていただいたんですが、もう感激と緊張とで、頭の中が真っ白でした。矢野さんといえば学生時代からの憧れの人で――憧れすぎてモノマネするようになったぐらいですから」
その共演のうち1曲は、3年ぶりの新作『バッタもん』にも収録される。「緊張しすぎてピアノのミス・タッチが多くて……」と本人は言うが、CDでは歌声もピアノも、どちらが本人でどちらがモノマネ(清水)かわからないほど。
「矢野さんファンのお客さんに怒られないか心配だったんですけど、まあ私がゲストで出る日のチケットを買ったってことは、お客さんもそれなりに諦めてくれているだろうと(笑)」
新作ではさらに、台湾語の楽曲で一青窈とのコラボも実現。あの天下の歌姫をつかまえて、歌の共演ではなく、台湾語の翻訳と発音の先生になってもらったのだとか。
「もったいない使い方ですよね。一青さんがものすごくお笑い好きだったから、つい頼みやすくて。もったいないと言えば、一青さんのお姉さん(舞台女優の一青妙)も参加してくださったんですよ、台湾語のアナウンサー役で。でも私と声質が似てるから、こうして言わないと誰も気づかないかもしれない……(笑)」
ライヴではお馴染みだった「プカプカ」もCDでは初収録。フォーク・シンガー西岡恭蔵の代表曲で、曽我部恵一、原田芳雄、桑田佳祐、奥田民生、福山雅治らそうそうたる顔ぶれが愛し、カヴァーしてきた名曲。これを清水ミチコは一人で、桃井かおり、井上陽水、大竹しのぶ、吉田日出子になりきって歌い上げる。大竹しのぶの声で「あたい、男やめないわ」と歌うなど、きっちり元の歌詞とリンクしているようなしていないような……怒られないのだろうか? 「誉め言葉だから大丈夫です(キッパリ)」
また、ほかにもタンゴに声楽曲、ジャズ、R&B、童謡と、バラエティにとんだサウンドを収録。しかもタンゴにはオネエ・タレントの名が朗々と織り込まれ、「変な風になって」という声楽曲はまるで誰かの新曲のよう。『バッタもん』というアルバム名でわかるとおり、清水ミチコ、相変わらず真顔でふざけていて――再び心配になる。怒られないのだろうか?
「怒られません(再びキッパリ)。なぜならこの曲はモノマネじゃなくて、全部私のオリジナルですから。誰かのモノマネに聞こえるとしても、それはたまたまの偶然です」
なので、このアルバムを聴いて元祖シスター・ボーイの御大や某有名テノール歌手を連想しても、気を利かせて御本人に報告したりしてはいけない。
音楽以外にも、コント形式でのモノマネを多数収録。大山のぶ代のドラエもんへのトリビュート精神あふれるオリジナル・キャラ“バッタもん”が山口もえに化けたり、杉本彩になったり。さらに、ユーミソ(ユーミンに非ず)のラジオ番組に清水ミチコが出演し、“清水がユーミソのモノマネをし、ユーミソが清水のモノマネをする、というのを全部清水が演じる」など、まるで無間地獄のようなネタは圧巻。
「こんなにスラスラとアルバムができたのは初めて。デモ版から一気にやれた感じで、怖いくらいなんです。2009年は本当にいい1年で、矢野さんや一青さんと一緒に仕事できたし……私、もうすぐ死ぬんじゃないかしら(笑)」
本作には登場しないが、これまた彼女のモノマネの定番、綾戸智絵とテレビ番組で共演するのを観たことがある。ここでも“綾戸をマネする清水をマネする、本物の綾戸智絵”というセッションが炸裂、失笑せずにはいられなかった。清水の場合、ほかのモノマネ芸人のいわゆる“ご本人と一緒”とはまったく趣が異なり、“互いが相手をリスペクトしている”という雰囲気さえ漂うのだ。
「私がモノマネする対象というのは、声が似せやすいとかじゃなくて、好きな人かどうかが一番なんです。何かの拍子に感銘を受けたりすると、その人になりきってしまいたくなって」
たまに、まるで似ていないモノマネや、彼女以外誰も知らないようなネタをゴリ押ししてくるのも特徴。宇多田ヒカルとか、先祖の数を連綿と数え上げる子守歌とか……。
「冒険心が大事なの! あとね、モノマネは、やってるうちに似てくるってのもあるからね……優しい目で見守ってよ(笑)!」 お笑いと音楽を溶き合わせたような彼女のCDは、これで8枚目。2010年には全国でのライヴ・ツアーを敢行する。
自宅ではスタインウェイのピアノを愛で、音楽仲間に囲まれて暮らす彼女は、ただの女芸人ではない。変化自在の声帯を楽器として使う、稀代の音楽家でもある――と言うと、本人は「そんなすごいもんじゃないです、ただふざけてるだけ」と謙遜するが、CDを聴けばわかる、実際、そうなのである。一本筋の通った“バッタもん”なのだ。
【CDジャーナル 2010年01月号掲載】