Shota's Movie Review

2003年から「CDジャーナル」誌(音楽出版社 刊)に掲載されてきた映画レビューを再録しています。

人生に乾杯!

 1989年の東欧革命で平和裏に民主主義に移行し、“旧東欧の優等生”ともいわれるハンガリーだが、意外にも“共産主義が終わらなければよかった”と考えている人が少なくないという。自由はないが、昔は生活も保障され、学歴も競争もなく、今より心が豊かだった──急激な社会の変化に置いてきぼりにされた人々の本心だろう。

 本作の主人公は、まさにそんな老夫婦だ。かつては若き共産党員と、貴族の娘。敵対する立場にありながら劇的な恋に落ちた二人も、今や腰痛持ちの81歳と糖尿病の70歳。共産主義時代とちがって年金は目減りする一方、アパートの家賃も払えない。生活するためには夫の宝物の旧式高級車を売るか、元貴族の妻の最後の誇りであるダイヤを売るか──そんな瀬戸際に立たされた夫婦は、なんと銀行強盗に挑んだ。老夫婦による紳士的で穏やかな連続強盗は国中の話題となり、旧世代の窮状を身に染みて知っている国民は、いつしか彼らを応援し始めて……。

 古いものと新しいものが混在しているのがこの国の苦難でもあり、魅力でもある。本作でも社会制度や街並み、日用品、家電など、さまざまなものが新旧混在していて、東欧独特の味わいを醸し出す。老夫婦の人生最後の逃避行を追いかける若い刑事のカップルの存在も、対比として面白い。老夫婦の人生は収束し、若い二人のそれは発展する──と思わせておいて、一筋縄ではいかない。しみじみしながら元気になれる良作。

【CDジャーナル 2009年06月号掲載】