ラースと、その彼女
女性が苦手なおとなしい青年が初めて連れてきた“彼女”が、ダッチ・ワイフだった!──と書けば、下品なセックス・コメディか、とんがった実験映画のように聞こえるかもしれない。が、本作、あくまで“癒し”をテーマにした丁寧で穏やかな作品である。
信仰心も厚く世間も狭い、アメリカの田舎町。ある日突然、ネットで注文したラブ・ドールを“彼女”として家族に紹介したラースは、本来人がよくて働き者で、街の人々にも愛されている好青年。“彼女”が動かないのもしゃべらないのも気にせず、会話し、食事し、車椅子であちこちに連れ出す。当然、周囲の人は困惑の極み。だが、とりあえず“大切な仲間”である彼に話を合わせるうち、みんなの心に変化が起こり始めて──。
“癒しの物語”ではあるのだが、アプローチが独特で新鮮。“異形の物を受け入れることで得られる癒し”を伝えるには、いっそ『シザーハンズ』的なコメディにする手もあったが、あえて平穏で素直な表現を選んだ。“避妊も中絶もダメ、子作り以外のセックスは悪”“神以外が人の形をしたものをつくるなんて”というキリスト教原理主義派が政治を動かすほどに肥大した最近の米国社会の人々、その琴線に少なからず触れるはずだ。そういった背景を持たない我々にはやや咀嚼しきれない部分も残るが、映像は上品、物語のどこにも悪意がなく、全体が善人と善意に満たされていて、観賞後には胸の内に温かいものが残る。
【CDジャーナル 2009年01月号掲載】